文学フリマで買った碇雪恵『35歳からの反抗期入門』というZINEを読んだ。筆者が35歳になってはじめたブログから選ばれたエントリにあとがきライクなテキストを足した形の、ブログにちかい温度のエッセイ集である。
今日の文フリ東京で販売される碇雪恵さんの「35歳からの反抗期入門」(う-61)を一足先に読んだ。気になった一節。
— MAEDA Takahiro (@maesan) November 19, 2022
「マッチングアプリと転職サイトに共通しているのは、可能性”だけ”はやたらとあるように錯覚させられる点だ(中略)特にペアーズは、人間が無限に湧き出てくるようでおそろしかった」 pic.twitter.com/lTUwsssbB7
誰かがRTしたこのツィートが目にはいったので婚活で疲弊している知人に教えたらおつかいを頼まれたのだけども、読んでいたら私のほうがおもしろくなってしまったので、自分の分もあわせて買った。
このZINEには、個人であることについて書かれている。個人であることの悲喜こもごもや、結局のところ人間が群れる生き物である以上、極端な個人ではいられないのだけども、どうしたって群れにはなりきれない日々の、出来事と思索、過去と現在、あっちとこっちのいったりきたりが描かれている。それはつまり人間のすべてということでもある。就職・恋愛・人付き合い。とどのつまり社会の完全なる外部にたてない我々は、どうしたってそこにいる。いさせられる。
作法通りの内容紹介はこのくらいにしておくとして、私は筆者の、中小企業をやめてフリーランスになったという境遇が、ちょうど今の私と真逆のように思えて興味深かったのだった。私は就職してからこっち、正社員や無職やフリーランスやベンチャー企業やらを、飽きたら辞めるというまったく自由でわがままに、一年程度で繰り返してきて、ちょうど今年、老舗の大企業への転職をきめた。これは結構、ねがったりかなったりな会社で、年齢的をかんがえても、これが最後の転職だろうと思って入社を決めた。
私は個人的事情から就職以前も長く同じ場所にとどまったことがなかったし、手掛けている業種もたまたま産業自体がまだ若く流動性の高い仕事なので、先輩・後輩のような関係もなく、同僚だって一年後には隣にいるのかわからない。自分より若い先輩に、自分より年配の後輩、新卒が上司より先にいなくなり、その上司もすぐにいなくなる。そんな世界で生きてきたから、入社してさっそく、転職なんてほとんどない、先輩はずっと先輩で、後輩は先輩の背中を見て育つ世界、つまりムラの感覚を察して不安になっていたところだった。
ムラの感覚なんて書き方をすると、古くて形式だけの因習じみたなにがしかがあってイヤな気分になったように読めると思うんだけど、そういうわけでもないのだ。別に上司に頭を下げて回ったり、飲みを強要されたり、先輩をヨイショしながら自慢話を持ち上げるようなことはない。なんだったらとてもモダンな環境だ。在宅勤務だし、長時間勤務もサービス残業もなければ、パワハラもセクハラもなく、そういう問題があれば適切な対応をとってくれるであろう上長がいる。なんだったら私のほうがもうちょっと伝統的な日本企業っぽさを感じてみたいと思っているくらいだ。これは単に私の所属がムラの中でも独立愚連隊のようなムラ外れのゲットーだからなのだけども、こことは別に、ムラがある。そして会社のほとんどはムラの人間だ。
私は家庭の事情で同じ場所にいつづけたことがほとんどない。その感覚で今まで生きてきた。だから、ひとつの場所で、同じ人たちと長く、長く、ずっと、ずっとやっていく、その場所で暮らしていくという感覚が希薄だ。だから、それを前提にした人たちとの接し方がわからなくて戸惑ったのだった。
むしゃくしゃしたので3日でペアーズを退会した。
(中略)
たくさん人がいるのに無しか感じられなかった。無の理由には途中で気付いた。冒頭にむしゃくしゃしていたのは、好きな人のことだった。思わせぶりなことをしてくるが、どうやら私と付き合う気はないのだと悟った。私はその人とどうにかなりたかった。だけど、そうならなかった。だからといってマッチングアプリでその人の代替を探そうとしたって、無理な話なのだ。
冒頭に引用したツィート、つまりペアーズにこじつけていえば、私は仕事について言えば、好きな人とどうにかなったのだ。どうにかなって、ここが最後だ、終の棲家だと思ってはいたのだけども、いざ結婚してみたら「やっていけるのだろうか、この人(会社)と」と、不安になってしまったわけだ。
このメタファーは、かなりそのまま通じるように思う。この本のエッセイでは、恋愛にまつわるエピソードと就職にまつわるエピソードがよく交差する。たぶんこれらは本質がよく似ているなのだろう。およそたいていの恋愛物語は、好きな人と結ばれて終わる。しかし『花束みたいな恋をした』はその先を描く。
私は麦くんとは違って、たぶん『パズドラ』や自己啓発本を読まずにさっさと会社を辞めてどこかにいってしまうのだと思うのだけども、同じ場所にとどまりたいという気持ちがない人間は、ひょっとしたら結婚生活を続けることもできないのかもしれない。就職と恋愛が似ているのだとしたら、なぜ人間はそれをバランスさせられなくなるのだろうか。ひょっとすると郷里も就職も恋愛も、そこにいなければいけなさが個人の状況によって違うだけかもしれないし、あるいは決して交わらないなにかが介在しているのかもしれない。疑問が尽きないままにいまだフラフラしているけども、ひとまず仕事については腰を落ち着ける努力をしてみようとは思っている。
ところでここはインターネットなので、ひょっとすると「これはあの人だろうか」と思う人がいるかもしれませんが、辞めないので大丈夫です。